生い立ち

★様々な荒廃をもたらした戦後の子ども達・問題行動を持つ今の子★

 第二次世界大戦の敗戦による混乱と、それにつづく占領の時代が、日本人にとって過酷なものであり、さまざまな荒廃をもたらし、とりわけ大きな被害を受けたのは子ども達でした。 このような子ども達の状況は、当時世界的な傾向であり、 世界の国々に子どもを守る運動を組織するよう呼びかけた「世界の皆さんへ」というアピールが採択されました。 この呼びかけに応じて昭和27年、わが国にも「日本子どもを守る会」が発足、 日本古来から子どもを子宝といって可愛がり、慈しむ伝統的な気風が子どもを守る運動の発展につながっていきました。 そして、少年犯罪や児童の死亡事故等、児童福祉のうえから見のがすことのできない社会問題も出て、 一般市においても青少年保護育成連絡会が結成されました。

★沼子連の繋がり★

 児童をより健全に育成し、全ての児童の幸福を図るには、 地域における子ども会の健全な育成を図ることが必要である。 家族ぐるみ、町ぐるみとなって子どもを見守る大人達が、世話人としての指導技術のあり方を検討し、 研鑽し、それを習得することや各子ども会世話人相互の横の連携を共通の理念に立って密にすることを目的として、昭和34年に、連合自治会長、青少年保護育成連絡会長、 児童福祉審議会長、民生委員常務委員長、小中学校長会長、PTA連絡協議会長、小中補導部長で、 沼津市子ども会世話人連合会が結成されています。 同時に、沼子連が子ども会育成の重点として育ててきた沼津市子ども会リーダース・クラブ(NLC)は、 子ども会育成部の下部組織としていろいろな活動をしています。その活動も見逃せません。